ネタ、ダイスキ!

「お前の努力が足らないからだ」、「能力がないから悪いんだ」、「同じ境遇でも歯をくいしばって頑張っている人がいるじゃないか」、「それなのにお前は」


 こういった「正論」のふりをした「暴力」が、この国にはあふれている。

いま、モノ作りはもうだめだから、もっと付加価値の高い金 融サービスに日本の産業構造をシフトしないとダメという議論がやかましくなっているが、ほんとなのか。

素晴らしいコンパイラ技術をもっていた富士通や日立は、その技術を若い世代の技術者に伝承することなく捨てちゃったし、プロセッサもせいぜい日立がSHでがんばってるくらいかな。

ところが、IBMもIntelもAppleもMicrosoftも、もっといえばGoogleもこれらの基盤技術は捨ててないんだよね。

野口悠紀雄氏は比較優位説をすぐ持ち出すけど、Appleなんて経済学の比較優位でいえば、Windowsに対して比較劣位にあるOSなんてとっくに捨てないといけないのに、経営が苦しいときにも捨てなかったし、いまでも捨てない。それどころか地道に改良を続けてるし、Macintosh本体のみならず、iPhoneに使って、再び花開こうとしている。

IBMも、いまやサービスとコンサルの会社になってるけど、それでもプロセッサもOSもコンパイラも捨てないどころか、ずっと研究開発資金を投入している。

MicrosoftだってDOSとプログラミング言語の会社だったから、比較優位説でいえば、比較劣位にあったワープロやスプレッドシートやデータベースソフトを作る理由はなかったはずなのに、作って世界を支配するような大企業になった。

この辺のことを、経済学はどう説明するの? 日本の経済学者で説明できる人、いる?

The LLVM Compiler Infrastructure: ホットコーナーの舞台裏

2007年10月07日 07時37分47秒

(via aso)

日本の子どもたちが学習意欲を失ったのは、「勉強すれば、金になる」という利益誘導のロジックが学校教育を覆い尽くしたせいである。
親たちも、教師たちも、メディアも、政治家も、みんな同じことを言った。
勉強すれば、金になる(しないと貧乏になる)。
そういえば子どもたちは報償を求め、処罰を恐れて、必死になって勉強するようになるだろうと人々は信じたのである。
けれど、子どもたちはそれから急坂を転げ落ちるように勉強しなくなった。
学習時間は劇的に減少した。
というのは、このような利益誘導のロジックは次の3種類のリアクションに有効な反論ができないからである。
(1) 「他の方法で金を儲けるから、オレ、勉強パス」
(2) 「金要らない、オレ、もう持ってるから」
(3) 「金要らない、オレ、物欲ないから」

そもそも、文科省と経産省が旗振りをしている「グローバル人材育成」というのはその本性からして、(1)のタイプの子どもたちにたいへんに高い評価を与える傾向がある。
そりゃそうである。
スティーブン・ジョブズも、マーク・ザッカーバーグもさっさと大学をドロップアウトして「他の方法」で世界的な富豪になった。
たぶん中学でも高校でも、このお二人は先生たちからは「反抗的なガキ」として憎まれていたと思う。
興味のない教科の勉強なんかぜんぜんやらなかったはずである。

日本人が温厚だなどというのは大嘘で、彼らは自分が責任を負わずに他人と足並みを揃えて攻撃するための大義名分を探してるんだというのが、”炎上”事件とかをたびたび見た感想。

「1%の富裕層」は大方が考えるよりも「普通の人々」に近い。この調査では以下が明らかになっている。

- 67%は中間所得層または低所得層出身
- 85%は自分の代で富を築いた
- 76%は心の中で自分たちを「ミドルクラス」とみなしている
- 3%が遺産として継承した全資産の比率

 ハリソン・グループのジム・テイラー副会長は「これはミドルクラスの勝利。歳を取っても(1%の富裕層が)自分たちをミドルクラスとみなしているということは、勤勉な努力、教育の価値、家庭の価値、幸運という価値観を意味している」と述べている。

「就活失敗したくらいで自殺しちゃダメだ」という叱責をする人はたくさんいるけど「で、現実問題就職できないからお金が入らず生活どうすれば?」という問題については誰も手を貸してくれない。ダメ出しだけは威勢よくするけど代替手段は「自分で考えろ」的に放置…なんか原発問題に似てるw
262 名前:名無しさん@十一周年:2010/08/25(水) 14:12:47 ID:0H1XGgKU0
「若者の○○離れ」じゃなくて「若者の収入が不当に引き下げられている」 って考え方は思いつかないのかな?
さて、今日の都市伝説は若者のクルマ離れという都市伝説。

同じ意見の人は多いと思うから、あんまり面白い話にならないかもしれません。まあとりあえず行きましょう。都市伝説というよりも実際にはもう離れてるのが事実かもしれません。ただ、若者が勝手にクルマに対する興味を失ったような雰囲気に見えるとしたら、まさに都市伝説といえるでしょう。

興味を引けるようなクルマを作れなかった、金と時間を使って維持するだけの価値を提示できなかった、その結果として興味が他のものに移るのを止めることができなかった。そこを考えないといけません。自分の価値観を押し付けるだけじゃ「最近の若いモノは」というお年寄りの文句と同じ。問題を解消するには世代間格差を考えることです。

じゃあ何が問題かというと、単純にクルマが高価になったことが大きな原因ではないかと思うんでございますよ。

○F9(1989年)…155万円 1010kg
○G6(1991年)…162万円 1050kg
○K4(1995年)…169万円 1080kg
○K9(1997年)…199万円 1070kg
○P3(2001年)…220万円 1190kg
○D2(2007年)…283万円 1270kg

あるモデルをこうして並べてみると、○F9の155万円なんて激安ですな。○K4までと比べたら○K9は高いけど、ここからがタ○プRです。○K4を買ってチューニングすることを考えたら○K9の199万円は超お買い得だな。そこから○P3を経て現行の○D2に至ると。

ここで考慮しなきゃいけないのは、対衝突安全やボディ剛性を上げるために車重と経費が増える要素があるということ。だからとにかく軽くて安きゃいいというのはとっても言いにくいことではあります。質を高くするには金がかかる。そしてクルマには携帯電話とは違って、高い安全と質が要求される。大変な話です。これがクルマを作る側の話。

一方、買う側の話もしなきゃいけません。オレもクルマを買う側です。

果たして今のワカモノのバイト代は、20年前よりも100万円高いモノを買えるだけ上がったか。新入社員の給料は上がっているか。そこが問題です。ご存じのようにごく一部の例外をのぞいて思いっきり下がってるわけで、○D2に限らず諸費用入れて300万円の買い物を多くの若者にしてもらえるかというと、いくら質を上げているといってもちょっと無理だと思いませんか。

衝突安全もボディ剛性もつまるところクルマを作る側の話です。ユーザーのために造ったものであっても、それをいくらで売るかはメーカーが決めることです。一方、持ってる金を携帯電話に使おうが、カノジョとのデートに使おうがそれは消費者の自由。今はゲーム機もあるし遊びには事欠きません。若者がロックンロールとバイクを目指した頃と違って、今はクルマにとって強力なライバルばっかりなんですよ。

高い値段で手が届きにくい存在にしておいて、さらに家族向けを強調する実質移動式物置ばっかり造って、しかも他に遊びはいっぱいあるのに、若者がクルマに興味を持つと思ってたらそりゃ馬鹿にしすぎってもんでしょう。

ちょっとがんばれば手が届いた世代が、自分の若い頃を思い出して若者のクルマ離れが、なんて言っても残念ながら無意味なんですよ。今はそうじゃないんだから。

ではどうすればいいか。

軽くて衝突安全をクリアして、しかも安いクルマを作る技術を開発する。そして若者の収入に合ったクルマを造る。その結果として発生する乗り越えなきゃいけない問題は、技術者のみなさんに知恵をふりしぼって乗り越えてもらおうじゃありませんか。それが仕事なんだから。初乗りマシンで1周目からニュルを全開で走って、しかも地元のドライバーとタイムを比較されるよりは無理難題じゃないでしょ。

カッコだってスポーツカーじゃなくていいけど、例えばインテやシビックくらいはスポーティに見えないと。ハッキリ言ってコンパクトクラスなんか若者が乗るカッコじゃないので、FィットとかVィッツとかMーチとかDミオは安いじゃんなんてくっだらない意見は却下。

クルマにしかない魅力は間違いなくあります。今大切なのは手が届くようにすること。こんな時代だからこそ、今までにない手法で取り組むべきだとオレは思います。

欲しいクルマを買える値段で出してくれれば、好きなヤツは勝手に遊び始めるんだから(笑)。